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ミュンヘン旅行記~ダッハウ収容所~

すっかり更新が遅れてしまいました(>_<)
日曜から昨日まで、いわきから友人母娘がはるばる遊びに来てくれていました♪
晴れたのはたった一日、冬に逆戻りしたような寒さ。。。(T_T)
ドイツの春はまだ来ない((+_+))

さて、今回は前々回の続き。
ミュンヘン旅行二日目、ダッハウ収容所編です。

ダッハウ収容所は、ナチスの強制収容所の中で最も古い収容所で、ミュンヘンから15キロほど離れた街にあります。

IMG_2225.jpg

左に行くとインフォメーション。
音声ガイドが3.5ユーロで貸出されています。(日本語はナシ。。。)
この日も色んな国から観光客が訪れているようでした。

IMG_2228.jpg


"ARBEIT MACHT FREI" 労働は自由をもたらす
と記された、収容所の門。
ポーランドにある、アウシュビッツ強制収容所の門にも、同じ言葉が記されているそう。

IMG_2230.jpg

門を入ると、ただただ広い敷地...
右手には、当時の写真や物品、映像や文書などを多く展示した管理棟。
左手には、囚人としてたくさんの人たちが収容されていたバラックの跡地。
34棟あったうちの2棟が復元され、1棟は内部を見学できます。

この日は雪がちらつき、手がかじかむ辛い寒さで、より一層暗くもの悲しい雰囲気でした。

IMG_2233.jpg

管理棟には、当時のポスターや資料がかなり数多く展示されています。
それだけ、この収容所が収容所として重ねた歴史の長さと、受け止めがたい現実があまりにも多くあることを感じます。

収容所ができた当初は、政治犯や聖職者などがヨーロッパ全域から収容され、ユダヤ人がユダヤ人という理由だけで収容されるようになったのは、第二次世界大戦が始まってからのことだそうです。
20万人以上が収容され、そのうち3万人以上が命を奪われた収容所です。

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収容された人たち個人の所持品。
身分証に家族の写真、それに手紙など。

IMG_2239.jpg

各国の収容された人数が表されています。
ちょっと小さすぎて見えませんね...
1944年には、年間で8万人近くの人数が収容されました。


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シャワー室。最初に収容された人々は衣類をすべて脱ぎ、持ち物を取り上げられ、名前の代わりに囚人番号が発行され、そしてここで髪をそり消毒を浴び囚人服に着替えたそうです。

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シャワー室で使われた道具。

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宿舎であるバラックは1棟に200人が収容できるつくりになっていたそうですが、解放前には1600人もの人数が収容されていたようです。

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当時使われていた食器。

IMG_2254.jpg

こんなものも...チェスの駒です。
ささやかに娯楽もあったんですね。


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それから、図書室もあったようです。


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貸出されていた本。

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懲罰に使われた、木製の台と木の棒。
叩かれる人は、できるだけ大きな声を上げることで叩ききるのを免れたんだとか...

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管理棟を出て、バラックの方へ。
復元されたバラックの中を見学しました。

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囚人たちのベッド。
小さい!日本人の私から見ても、大人用には心もとない狭さ。

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そしてトイレ。
ベッドもそうですが...プライバシーも何もありません。

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バラック跡の続く道を歩いていきます。


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花が手向けられている棟の跡も....。
遺族の方たちなのでしょうか。
自分の父親、おじいちゃんがこの棟で囚人生活を送っていたなんて想像、つかないですよね...。

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道の先には、石造りのカトリックの教会です。
1960年に作られたもののようです。

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左の奥に見えるのが監視塔。
逃げようとする者が見つかった時には射殺されます。
そして、この収容所をぐるりと取り囲む有刺鉄線。
電流が流れたそうです。

写真には写っていませんが、この有刺鉄線の扉を通った先へ進んでいきます。

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火葬施設です。


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火葬が間に合わず、まとめて2人以上を収納し次から次へ焼いたようです。
展示してある写真は、さすがにカメラを向けられなかった(*_*)

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偽装シャワー室(ガス室)です。
シャワールーム、と書いてあります。

IMG_2282.jpg


上からガスが出てきたそうです。
そして、ここがさっきの火葬焼却炉の部屋と続いています。
ただ、ここで大量ガス殺をしたことはドイツは否定しており、その痕跡もないといわれています。

それでも、多くの囚人たちが命を落としたことに変わりはないんですね。

飢えで死ぬ者、殺される者、自殺した者、人体実験を受けた者...

目を背けず向き合う以前に、あまりにも凄惨すぎて本当にこんなことがあったの?ここで?
という気持ちばかりでした。
信じられないというより...想像を超えてしまっていて。



雪の寒さと、心の痛さに体中をジンジンとさせながら、わたしたちはとても静かなダッハウ収容所を後にしたのでした。




そして、そのあとすぐにバーガーキングで身も心も温まったのでした...おしまい。


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プロフィール

★あまがえる★

Author:★あまがえる★
2012年4月、歯科医院従業員とコンビニバイトの馬車馬生活から一転、ドイツで専業主婦に転職しました。
2016年6月、3人家族になってみんなで仲良く日本に帰国!
できない、話せないなりに発見したモノを、今とこれからをドイツで生活する誰かの役に立てたなら。。!そんな思いを込めて、全体公開させて頂くことにしました(*‘∀‘)

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